
坂本乙女とは、坂本龍馬の3歳年上の頼もしいお姉さん。「乙女姉さん」は有名ですが、本来の名前は留(とめ)さん、つまりお留さんだったもよう。乙女さんは、末の弟の龍馬をたいへん可愛がってくれました。
龍馬を男らしく鍛えた姉
父親の坂本八平(直足)には5人の子供がいて、長男が権兵(直方)、次男が龍馬(直柔)で二人の年齢差は22歳ほどであり、父親亡き後は権兵が龍馬の親代わりのように育てたとされます。
一方で3歳差の乙女は、姉として龍馬を厳しく指導する一方で、後に龍馬がたくさんの手紙を送るように親しい関係でもありました。龍馬の言葉として有名な「日本を洗濯するぜよ!」がありますが、その原文は「日本を今一度洗濯いたし申し候」というもので、龍馬から乙女さんへ宛てた手紙の一節です。
すなわち乙女さんにとっては・・・
父:坂本八平
母:坂本幸
であり、姉が二人いて坂本家の三女でした。母親の幸さんは龍馬が12歳の頃に、乙女さんが15歳の頃に亡くなっています。
坂本乙女 (1832〜1879年)
並外れたスケールの女性
よく知られているように、乙女さんは武術に長けており、家事などより剣術、馬術、水泳など何でも、こなしていた女性とされます。さらに謡曲や、経書、三味線、舞踊などの文芸にも通じており、文武両道という優れた人物。
龍馬には剣術を教え、泣き虫だったとされる少年の龍馬を、世に通用する逞しい青年に育てたのですからツワモノです。しかし何といっても女性ですから、文武両道というのは江戸時代も終わり頃のあの時代に、かなり「開けた人物」だったのではないでしょうか。
坂本乙女は1856年に、典医の岡上樹庵という人物と結婚しました。しかし家風などが合わなくて、後に離婚し、実家に戻っています。結婚した当時は24歳ほどでしょう。離縁して実家に戻ってからは名前も「独」と名乗っていたとされますから、意志の強さを感じます。
さらに龍馬に負けず劣らず自分も国事に係わりたいと、上洛を願ったこともあり、しかし果たせなかった…というスケールの大きな女性。大きかったのは体格においても然り。身長は175センチくらい、体重は100キロを優に超えていたとされます。もし現在、身近にいることを想像しても、並外れた風格の、迫力ある女性ということでしょう。
壊血病で亡くなる
龍馬の暗殺後は、龍馬のいない都に行くわけにもいかず、上京ということもなく1879年に48歳で、壊血病によって逝去しました。当時はコレラが恐れられており、乙女さんはコレラを恐れて野菜を食べなかったことが原因となったもよう。
疫病の恐ろしさといえば、2020年の現在、新型コロナによる感染症が世界的な問題となっています。現在とは比較にならないほど情報が乏しかったあの時代の、悲劇の一つに見えます。
2010年のNHK大河ドラマ『龍馬伝』で坂本乙女さんを演じたのは、寺島しのぶさんでした。昔の『竜馬がゆく』(1968年)での乙女さんは水谷良重さん、もはや歴史上の女優さん。
ちなみに「坂本乙女」というと『3年B組金八先生』に出てきた坂本金八(武田鉄矢)の長女の坂本乙女さん(星野真里など)を思う方も多いそうです。こちらはもちろん、ドラマ中の名前ですが、その結婚相手は誰だったかというのも、トピックスになったもよう。
龍馬と乙女さんの関係を振り返ると、1867年に龍馬は亡くなりますから当時、乙女さんは35〜36歳。その後の10年ほどを如何に過ごしたか、詳細は分かりませんが、近年の研究では乙女さんは、龍馬の亡妻、お龍さんに対して親身に接したと言われています。
ちなみに2020年に再び話題になっている『JIN-仁』の龍馬は内野聖陽さんです。個人的には、もっとも龍馬らしい・・と絶賛しています。
以上、簡単ですが、龍馬の姉、坂本乙女さんについてでした。