
実業家、トーマス・グラバーと坂本龍馬は、ともに幕末の動乱期を動かした人物ですが、その関係はどんなものだったでしょうか。
トーマス・グラバーが日本に貢献!?
トーマス・グラバーは幕末に「グラバー商会」を設立したスコットランド出身の実業家。現在も長崎市には旧グラバー邸のあるグラバー園が開設されています。
トーマス・グラバーと坂本龍馬の関係において度々言及されるのは、武器商人であったグラバーの力を借りてこそ、坂本龍馬の「大量の武器を薩摩という名目で長州のために購入」という偉業が達成できたということ。
トーマス・グラバーの優れた点は、幕末の勢力関係が目まぐるしく入れ替わる混乱期に、それを利用するかのように(orズバリ利用して?)倒幕派にも佐幕派にも武器を販売したこと。坂本龍馬の亀山社中との取引もその一環でした。
トーマス・グラバーは、1865年には政府に先駆けて蒸気機関車を走らせており、日本人の妻ツルと結婚し、息子の倉場(ぐらばー)富三郎氏は、数奇な運命のなか水産学者としての実績も残しました。明治になってからは、グラバーは高島炭鉱を開発しました。
また、三菱財閥の相談役を務めるなど岩崎弥太郎とも関わりが深く、キリンビール(麒麟麦酒)の設立にも貢献し、外国人初の勲二等旭日重光章も授与されました。
概して、日本のために大きく貢献した人物、とされます。ーーしかし単純にそういう表現でいいのか? という点については後述します。
グラバーと坂本龍馬の力関係は?
二人の関係は生没年を比較すると以下の通り。
トーマス・グラバー(1838〜1911年)
坂本龍馬(1836〜1867年)
当時、グラバーは坂本龍馬より若い実業家でした。上記のように、グラバーのおかげで坂本龍馬は、「八月十八日の政変」の後、勢力を失った長州のために、薩摩という名目で武器を調達しています。
しかしシンプルに「グラバーのおかげ」と言ってはお気楽かもしれません。2006年に制作された歴史ミステリー『龍馬の黒幕』(HBC北海道放送)は、興味深いテーマを扱いました。
そこでの解釈はこうです。黒幕はグラバーであって、グラバーは大量の資金を得て武器を手に入れ、それを倒幕派にも佐幕派にも幕府にも、坂本龍馬にも売った・・。坂本龍馬も利用されていたに過ぎない、ということ。武器を売りたいのがグラバーの主眼なら、龍馬も利用されていたとも言えるでしょう。
ちなみに歴史ミステリー『龍馬の黒幕』の原案となったのは、『石の扉 フリーメーソンで読み解く歴史』(加治将一 新潮社)。
フリーメイソンというキーワードで見ると、まさに歴史のあちらこちらに、奥深いテーマです。
ただし、トーマス・グラバーがフリーメイソンの一員であったか否かは、定かでありません。フリーメイソンについて、一般人には分からない(というより単に知らない)ことが多いのですが・・高須クリニックの高須克弥氏は自らフリーメイソンの一員であることを公言しています。
高須克弥氏について個人的に素晴らしい人物と思いますが、高須氏についてもフリーメイソンについても百人百様の声があり、ここでは、単純にその事実をご紹介するのみ。
長崎の観光地グラバー園
グラバー園は現在、長崎の観光地の一つとなっています。
長崎市南山手町8-1
元々は、1939年に三菱重工の長崎造船所がグラバー邸を富三郎氏から買収。戦後、進駐軍の公舎だった時期もありますが、1957年に三菱重工業がグラバー邸を長崎市に寄贈し、一般公開を始めました。
その後、旧リンガー住宅、旧オルト住宅も加えられ、現在、多数の移築建築物も擁する野外博物館となっています。
訪ねてみたい地の一つです。
トーマス・グラバーと坂本龍馬は、あの激動の時代に武器を介して取引があったことは確かですが、その力関係などは諸説あると言えます。しかし仮にグラバーが龍馬を利用していたとしても、それに龍馬が気づいたとしても、坂本龍馬にとっては自らの行動を変えることはできなかったはず・・・ということで、この二人を敢えて並べて(?)これくらいの話になりました。